鈴木らんらん: マドンナに会いたいのもありました。

女優の鈴木蘭々(38)が今月6~8日に芸能生活25周年記念ライブ「ふぁいと」(東京・DDD AOYAMA CROSS THEATER)を開催する。かつて子供向け人気番組「ポンキッキーズ」で、安室奈美恵と「シスターラビッツ」として人気を博し、歌手やタレントとしても活躍した。現在、演劇界で“代打女優”の異名を取る蘭々が語る本音とは―。

―10代から「資生堂」などCMモデルや表紙モデルとして活躍。1994年から「ポンキッキーズ」で長らくレギュラーを務めた

 鈴木:私はポンキッキーズの「山田のぼる」というキャラが好きだったんです。当時、CMモデルのオーディションをことごとく落ちてて、万策尽きたのか社長が「何をやりたいんだ?」と聞いてきて。「私はポンキッキーズに出たい!」と直談判したら、オーディションを受けることになったんです(レギュラーを勝ち取った)。

 ―当時はバラエティー番組や歌手としても活躍。多忙を極めていた23歳で、突然ニューヨークに留学へ。「ポンキッキーズ」もやめました



 鈴木:留学は…血迷っちゃいました(苦笑い)。自分の中で出し尽くしちゃった感じがあって変わらないといけないけど、仕事をしていくと変わらない気がした。仕事を一旦やめるって、事務所からすれば最もやってほしくないことだったと思うんですけど、社長は「いいよ!」って。マドンナに会いたいのもありました。夢がセントラルパークをジョギングしているマドンナに喧嘩を売って、顔を覚えてもらうことだったので(笑い)。ただ、当時マドンナは結婚して英国に移住してたんです(笑い)。

 ―2000年ごろからは舞台やドラマを中心に活動。代役で主演を務めることが続き、“代打女優”の異名も

 鈴木:劇団「大人計画」の舞台(「キレイ~神様と待ち合わせした女~」)はぶっちゃけますと、事務所社長からの“トップダウン”。絶対に断れなくて。初日まで12日しかなくて、まだ2幕もこれから作る状況で…。3時間分のセリフと歌を5日で覚えました。

 ―この舞台が一つの転機になった

 鈴木:東京公演の千秋楽で、私が最後に1人で歌う場面で、歌えないぐらいに涙があふれてしまったんです。その時に初めてやっと人になれた気がしたんですね。こんなに大変だったのに、無事に千秋楽を迎えられたありがたさと、大変なことの後に喜びがあることを実感しました。

 ―舞台「ジキル&ハイド」(05年)や「ベントラー・ベントラー・ベントラー」(08年)も主役級の代役を務めた

 鈴木:「ベントラー―」の時は(初日まで)6日。無理とは思ったけど、考えたら3時間の舞台を5日で覚えた経験があったので、台本を読んだらイケる気がしてきたんです。その時も5日でできて、5日あれば大丈夫だって。でも、宮沢りえさんが2日(舞台「おのれナポレオン」の代役時の稽古期間)で…その時は負けたって思いましたね(笑い)。

 ―“代打女優”と呼ばれることは

 鈴木:「最初から主役に抜てきされない鈴木蘭々」と書いてください。理不尽というワードを覚えました。でも、やったらやったで楽しいですよ。

 ―ちなみに、ネット上では結婚情報も…

 鈴木:してないですよ(笑い)。ブログでブライダルの仕事の写真をアップしたら誤解されて…。予定? ないですよ!

 ☆すずき・らんらん…1975年8月4日生まれ、東京都出身。デビュー当時はモデル、のちにバラエティー番組やドラマなどで活躍。94年から「ポンキッキーズ」レギュラー。95年には「泣かないぞェ」で歌手デビュー。2000年ごろからは舞台やドラマを中心に活動。短い準備期間でも舞台を完成に導く演技力が高く評価されている。

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